名古屋地方裁判所 昭和41年(行ウ)25号 判決 1966年9月17日
名古屋市中区千早町二丁目三十七番地
原告
岩水かず
右訴訟代理人弁護士
小沢秋二
名古屋市中区南外堀町六丁目一番地
被告
名古屋中税務署長
渡辺衛
右指定代理人
松崎康夫
加藤元人
吉実重吉
猿渡敬三
浜島正雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実と理由
原告は被告が原告に対し原告所有の別紙第二目録記載の不動産譲渡につき昭和三十九年九月十五日付通知をもつてなしたる昭和三十八年度分所得税の更正処分による金三十八万二千九十円並に過少申告加算税金一万九千百円の賦課決定処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求の原因として、(一)被告は昭和三十九年九月十五日付をもつて原告に対し原告の昭和三十八年度分所得税を更正し、原告所有の別紙第二目録記載の不動産譲渡所得税として金三十八万二千九十円を追徴し、更に右譲渡の不申告により過少申告加算税として金一万九千百円合計金四十万千百九十円の賦課更正処分の通知をなし納付請求をなした。(二)原告は被告に対し原告が別紙第二目録記載の土地を売却したるは後記の如く第三者に対する保証債務の履行を目的とし弁済資金捻出のためこれを売却したるものにして、しかも原告は債務者に対し求償権を行使するも何等の資産なくこれが不能の状況にあるものなるが故所得税法第十条の六第二項に該当するものとして昭和三十九年十月十五日右所得税の更正処分並びに過少申告加算税の賦課処分に対し異議の申立をなしたるところ被告は同年十二月二十三日右申立を棄却したるにより更に昭和四十年一月二十二日名古屋国税局長に対し右案件の審査請求に及びたるにこれまた昭和三十八年度分を昭和三十九年度分と更正したるのみにて実質上は原告の請求を棄却したる裁決をなしたるものなるが右裁決書は昭和四十一年三月二十七日原告に送達せられた。(三)即ち原告は昭和三十二年九月頃かねて交誼のあつた協和薬品株式会社代表取締役永津光雄の再三の懇請により右会社が山本春一より金六十万円の借入をなすにつき原告所有の別紙第一目録記載の土地を貸担保として提供することとなり、更に昭和三十三年四月頃右会社の山本春一に対する借入金金百五十八万円についても右土地を貸担保として提供し、第一、第二順位の各低当権を設定した。然るに右抵当権設定にあたり原告はこれが手続等については全然不案内未知なりしため右永津光雄を信用し右手続をなさしむるため原告の印鑑を同人に預託したるに同人は不法にもこれを奇貨措くべしとなしてこれを冒用し、原告を債務者とする右登記申請に要する一件書類を作成しもつてこれが抵当権設定の登記手続を了した。しかもその上原告不知の間に別紙第一目録記載の土地につき昭和三十三年三月二十八日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記手続のなされたことが後日発覚した。(四)しかるところ協和薬品株式会社は右債務の弁済をなさず、債権者山本春一は昭和三十四年二月十二日右仮登記に基き自己及び外一名にこれが所有権移転登記手続を了した。よつて原告は山本春一外一名を相手となし名古屋地方裁判所に対し所有権移転登記抹消登記手続請求の訴を提起したるに右事件は名古屋簡易裁判所昭和三十六年(1)第一三六号民事一般調停事件の調停に付せられ昭和三十八年八月二十三日調停成立し原告は右土地の所有権を取戻すこととなつた。(五)而して原告は右調停により当時山本春一名義の別紙第二目録記載の土地三十六坪を同人承諾の上売却して協和薬品株式会社の山本春一に対する債務を弁済したるに当時右会社は破産状況にあり、その代表者永津光雄は右調停成立直後から失踪して姿を晦し、原告が協和薬品株式会社或は永津光雄に対してこれが求償を求むること能わず現在に至つた。(六)よつて原告は被告に対し右処分の取消を求める。ただ甲第一号証中三十九年度内に之を申告なせば云々の記載を存するもこれは更正決定処分の通告を受け申訳的になしたる陳述にすぎない。而して被告抗弁の如く名古屋国税局長は名古屋中税務署長の右賦課決定処分に対する原告の異議申立棄却決定に対する審査請求につき原処分の全部及び過少申告加算税の賦課決定処分の全部を取消した。名古屋国税局長の右の裁決はその理由において「当該貸金の借主は請求人と認められるので本件は保証債務の履行による譲渡とは認め難し。」と云い、原告の請求理由に付て審査をなし、更に「然しながら当該譲渡後契約による財産権の移転時期は昭和三十九年一月三十日であると認められるので昭和三十八年度の譲渡として更正した原処分は誤りである。」と裁決したものである。即ち一部は請求棄却(行政不服審査法第四十条第二項)、一部は理由ありとして原処分の取消をなしたものである。(同法第四十条第三項)然るに原告の審査請求の理由を判断し、もつてその一部につき認容をなさず棄却をなしながらその一部を認容して全部の原処分を取消したもので右の裁決は理由齟齬を存し無効不存在である。よつて行政事件訴訟法第八条第二項の一により法定期間を経過するも裁決なきものとして本訴請求をなしうべく、仮に然らずとするも被告は原処分は取消されたるものなりとし更に昭和三十九年度所得税に対しこれを更正し前同様の賦課処分をなし来りたるものなるが原告はこれに対し再度法定期間内に異議申立並に審査請求をなさず本訴を提起したものである。被告は右の如く三十八年度分を三十九年度分に更正し同様の賦課決定処分をなしたるものにして事実上原告の異議申立並に審査請求をなしたる趣旨は全部棄却されたものである。行政事件訴訟法第八条、国税通則法第七十六条、第七十九条、第八十七条により異議申立、審査請求の段階を繰返し経由するもその効なきことは叙上の経過に徴し明瞭であり徒らに日子を消費するに止り、これは行政不服審査法第一条の法意にも背反し、更に国税通則法第八十七条第一項第四号により不服申立の前置主義を適用せず直ちに訴訟提起をなし、もつてこれが救済を求めうるものといわなければならない。と述べた。
被告は原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、被告が昭和三十九年九月十五日付で原告に対してなした原告の昭和三十八年度分所得税の更正処分ならびに同処分に伴う過少申告加算税の決定処分は昭和四十一年三月七日名古屋国税局長の審査決定により全部取消されてもはや存在しない、したがつて原告の本件訴はその対象をかき不適法である。と述べた。
証拠として原告は甲第一、第二、第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一、二を提出し、被告は甲号各証の成立を認めた。
案ずると請求の原因たる事実(一)の点は被告において明らかに争わずこれを自白したものと看做す。しかるに被告の主張事実は、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第四号証の一によると名古屋国税局長の右裁決の理由は1保証債務の履行に伴う譲渡であり、債務者に対して求償権の行使ができないから、当該損害金を損金として認めてもらいたいとの請求人の申立については請求人及び当該貸主の申立て、その他調査資料等により判断するに、当該貸金の借主は請求人と認められるので本件は保証債務の履行による譲渡とは認め難い。2しかしながら、当該契約による財産権の移転の時期は諸種調査資料等に基づいて判断すると昭和三十九年一月三十日であると認められるので昭和三十八年度分の譲渡として更正した原処分は誤りである。というにあり、これには原告所説の如き理由齟齬を認めがたく、これをもつて無効不存在のものとなしがたく、従つてその無効なることを前提とする原告の主張は失当であることが明らかである。果して然らば原告の取消を求める被告の昭和三十八年度分の右賦課決定処分はすでに名古屋国税局長の右審査裁決により全部取消されてもはや存在しないことが明らかである。又本訴は被告の原告に対する昭和三十八年度分所得税の更正処分による課税金額並びに過少申告加算税の賦課決定処分の取消を求めているものであることは記録上明らかであり、これをもつて昭和三十九年度分の所得税並びに過少申告加算税の賦課決定処分の取消請求に代置することはできないのでこれらの点に関する原告の所説はいずれも理由がない。よつて爾余の点に審及するまでもなく原告の訴は失当としてこれを棄却し、民事訴訟法第八十九条により主文のように判決する。
(判事 小沢三朗)
第一目録
名古屋市中区千早町三丁目三十七番の三
一、宅地 一三・二二平方米(四坪)
右同所 三十八番の一
一、宅地 九一九・五三平方米(二百七十八坪一合六勺)
右同所 三十八番の三
一、宅地 一八・〇八平方米(五坪四合七勺)
(右土地に対する仮換地中五工区113ブロツク一〇番宅地五二五・六一平方米(百五十九坪))
第二目録
第一目録記載の土地中
宅地 一一九・〇〇平方米(三十六坪)